BLSトレーニングの実際と効果

 

――Cabrini Healthではどのようなシミュレーション教育を実施していますか。

BLSトレーニングをはじめ、他院でオピオイドを投与された患者や初期感染症患者が来院したとき見逃さないためのトレーニング、エボラ患者が搬送されてきた際の対応など、幅広く実施しています。

なかでも力を入れているのが医療従事者にとって必須のBLSトレーニングです。以前はシミュレーションセンターに多くの医療従事者を集めて行っていました。しかし現在では、マネキンをカートに載せて各病棟まで運び、そこで胸骨圧迫をしてもらう方法に変更しています。病院内でCPRが必要になる場所は、ベッドサイドや廊下、トイレなどさまざまです。そのため、シミュレーションセンター内での実施にこだわる必要はなく、むしろ、マネキンを適宜移動させ、多様な場所でトレーニングを行ったほうが、リアリティをもって練習ができると考えたわけです。また、そうすることによって、一人につき、たった10分間の都合をつけていただくだけでトレーニングが実施でき、医療従事者に余計な負担を与えることはなくなります。

 

 

――成果はいかがですか。

Cabrini Healthには、CPRを実施することになる可能性が高い医療従事者が約3,000人います。この人たちに胸骨圧迫をしてもらったところ、最初からきちんとできていた人は10%程度に過ぎませんでした。ところが、移動10分間トレーニングを行ったところ、現在は96%が合格水準に達しています。トレーニングにはレサシアン with QCPRを使用しました。タブレット型のスキルレポータが、押す強さやテンポといった胸骨圧迫の質をリアルタイムにフィードバックしてくれるため、最初に胸骨圧迫をしてもらい、フィードバックを受け、指摘された課題を意識しながら、再度、トライしてもらうだけで手技が劇的によくなります。

以前は「自分は力がないから…」などと言ってCPRに関わることにためらいがちだった人や、小児病棟では患者の親が見ている前で行うことに躊躇していた人がいました。しかし、いまではそういう人はいません。トレーニングを受けた2日後、心停止のまま搬送されてきた患者にCPRを実施した結果、蘇生に成功し、元気に社会復帰したというケースもあります。

 

シミュレーション予算獲得のために

――日本のシミュレーション教育関係者は、教育予算の獲得に苦労しています。オーストラリアではいかがでしょうか。

そこは、オーストラリアでも同じです。ただ、患者の安全性という視点を絡めながら数値で示せば、予算は獲得しやすくなります。ここで言う数値とは、危険度ではなく“改善度”です。前述のCPRであれば、「きちんとできている人は10%しかいなかったけれど、10分間練習しただけで96%の人ができるようになったというデータがある」と説明すれば、病院側もBLSトレーニングを実施する意義を理解できてきます。


 病院管理者のなかには、教育を“投資”ではなく“支出”と考える傾向が強く見られます。しかし、教育へ投資すれば、将来起こりうる医療過誤を防ぐことができるのです。医療過誤が発生した場合、その対応で必要となるコストは、計り知れないものだということを忘れてはなりません。つまり、シミュレーション教育に投資することは、少し長い目で医療経営を考えると、かけた費用以上にメリットがあると言えるわけです。

 

改善度が高いとエビデンスが示されているのは、CPRだけではありません。手洗いによる院内感染対策、中心静脈ラインの留置、肩甲難産の管理、分娩時の出血対策などがあります。これらはオーストラリアで紛争になりやすいケースです。定期的にトレーニングすることによって、事故を防ぐことができるのです。

 

 

――日本のシミュレーション教育関係者および病院経営関係者にメッセージをお願いします。

どの世界でも、練習もなしに人前で自分の技能を披露するようなことはありません。たとえば、ピアノの演奏会に出る人は、観客を目の前にしていきなり演奏を行うことはないでしょう。ところが医療の世界では、100年以上もの間、患者を実験台にしてきました。しかし近年では、次々と新しいシミュレーション機器が開発されています。起こりうるあらゆる可能性をあらかじめ患者シミュレータを使って練習しておくと、実際の場面でもあわてずに、自信を持って対応できます。医療過誤を防ぐためにも、シミュレーション教育は有効なのです。